森の生活に見るロハス

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田舎暮らしの楽しみ
瞑想


【一瞬一瞬の最高の美しさを、手の仕事であれ、頭の仕事であれ、何かほかのことの犠牲にしてはいられない、とよく思いました。私は余裕のある自由な暮らしが好きです。夏の朝、いつもの水浴を終えると、日によっては、日の出から正午まで、じっと動かずにすごしました。】(第四章「音」p123より引用)

「一瞬一瞬の美しさを何かほかのことの犠牲にしてはならない」とは、私も頻繁に思いました。思う、というよりもむしろひりひりと胸に痛く感じるほど強烈な印象で胸に迫る、と言ってよいものです。この自然の美しさに対する特別な感受性の鋭さは、気候の厳しい土地に住んでいるが故ではないかということを、ウォールデンと気候の近い土地で暮らしている私は密かによく思います。
毎年、冬が終わった再生の五月、または爽やかで色とりどりである六月の、どれほどそわそわすることか。それら美しいものを全て無視して、絶望のようにぴっちりとフタをしたいかつい建物の中で一日を過ごすことがどれほど切ない胸騒ぎを伴うか。「春は日向でぼーっとしていたい」等という願いはわざわざ口に出して言って良いこととはとても思えなかったのですが、だからといって黙っていると胸が苦しくて辛かったのです。
自分にとって心地よいこと美しいことを、これは怠け者のすることなんじゃないかという良心の呵責なく、それどころか最高に良き行いであるという自信さえ持ってやっていいのだ、という考えの、なんと慰められることか。そうか、やりたいことはやりたいのだと、出来るだけ大きな声で言わなければ、思いは叶わないじゃないか、と私は思ったのです。


更新日:2006-07-01


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