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生涯定職に就かなかったソローの生き方

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脱サラという実験
心配事


【私は訪れて来る人たちの違いに気付きました。少年や少女、それに若い女性はたいてい、森にいるのがうれしそうでした。彼らは池を覗き、花をみて何事かを知り、時間を上手につかいました。
 ところが仕事を持つ人は、農民でさえ、森にひとりでいることがとても気になるようでした。仕事のことばかり考え、私が他の人から遠く離れて暮らすことに、絶えず触れました。彼らは森を散歩するのもいいものだ、と言いながら、楽しんでいませんでした。彼らは暮らしを守るのに忙しく、心を仕事に占領されています。】
(第六章「訪問者たち」p194より引用)
 
 ”暮らしを守るのに忙し”く、生きることを楽しむという力がどんどんと弱まって行く感じが、私が会社勤めをしていて気になっていたことでした。
 仕事の合間の余暇時間で、何か自分がやりたいと思っていたことをする。自分がやりたいと思っていた事は余暇活動、レジャーなのだろうか?生きることそのものではありえないのか?
 私は時間やら他の物事をやりくりする能力に著しく欠けていて、明日何時に目覚めなければ、と思いながら眠るだけで緊張して夜全体が自分のものでなくなるのです。細切れに分割されることによって自分のものでなくなってしまう時間というのは膨大でしたし、それはどこまで続けても好転の見込みのない悩みでした。
 生きるというのは余暇活動でしかありえないのか?という私の疑問に、ソローが書物の隙間からノーと言ってくれることに、どれほど勇気づけられたでしょうか。

【そして古くさい職業の道をたどるのが安全と、とうに決めている、若さを捨てたみな同じ若者、--彼らは口を合わせたように、私のやり方では結局たいしたことはできないと言います。問題は多々あるでしょう!年齢、性別に関係なく、古い考えの、意志薄弱で臆病な人は、病気、事故、死についてただ心配します。暮らしは危険でいっぱいでしょう--でも、心配すれば、危険が減りますか?】(第六章「訪問者たち」p194より引用)


更新日:2006-06-28


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