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生涯定職に就かなかったソローの生き方

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脱サラという実験
働く意味


【私たちは、お腹がすいてもいないのに、餓死を恐れます。私たちは、備えあれば憂いなしと言って、明日の必要の何千倍も蓄えようと働きます。でも”働く”といっても本当の目的はもともとなく、”働く”意味も見つけようがありません】(第二章「どこで、なんのために暮らしたか」p117より引用)

駅ビルの九階にある中華レストランで親しい友人と食事をしていた時です。眼下に沢山の人がスーツを着て早足で脇目もふらずに歩いてゆくのが見えます。「皆何の為に働いているのかな」と友人に聞いてみました。「多分それを疑問に思っていないのだろうなあ」とその人は答えました。実際、今のように働かなくても食べて行けるかどうかを確かめた人はあまり多くないように見えます。じゃあ、疑問に思った私はやっぱりやってみるべきだろうなあ、と餃子を食べながら考えました。ソローのように生活の実験を、私もやってみた方が良いだろうなあ、と思ったのです。生きているあいだじゅうずっと老後の心配をし続けるというのは実際私には荷が重すぎたからです。


更新日:2006-06-28


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