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こんなふうに読んできた
宮沢賢治とソロー


【私は今宵の自然の全ての要素(曇り空、寒さ、風など)が私に親しくしてくれると、自分でおかしくはないかと思うほど強く感じました。
(第五章「独り居」p166より引用)

もとの文章はall the elements are unusually congenial to me.となっているものです。congenialという単語、私は知らなかったのですが”しっくりくる”といった意味合いの英語で、成り立ちは「ラテン語con-(共に)+genius(精神)+-AL 」という語源らしいです(yahoo辞書による)。言葉の構成は日本語の「同情」とか「共感」なんかに似てますね。
 この同情とか共感とかの感覚、なんとなく私には宮沢賢治を想起させるものなんです。一時期「銀河鉄道の夜」の朗読CDに凝っていて、随分繰り返し聞いたことがあります。文字で読んでいる間はさっぱり意味が分からなかったのですが、耳で聴くようになってひらめいたのは、「自分が悲しい時には世界中全部が哀しみになって語りかけてくる、世界が緩く刻々と変化して行くのに感応して自分も緩やかに変わっていく感じ、賢治はきっとこれが言いたかったんだあ」って、そんな気がしたんです。宮沢賢治の文章って感情が感情の名前(歓びとか、怒りとか)で呼ばれるのではなくって、鳥やら花やら石やらの名前になって出てきていたりするし、なんだかソローもそういうところがある。
 ソローと賢治が似てる、なんて言って喜んでいるのは私くらいだろうなあ、と思っていたら、エコロジスト、ナチュラリスト、ベジタリアンなどの括りで一緒に論じる、ということは学者の方が割にされているようなんですね。
やっぱりそんなに荒唐無稽な思いつきじゃなかったんだと、安心したのが半分と、斬新な発見ではなかったことにがっかりしたのが半分でしたが(笑)。

 「尋常じゃないくらい世界が自分に寄り添って来る感じ」って時代や洋の東西に寄らず誰でもが本来分かるものなんだと思います。ただそれを貴重なものと思って慈しんでとっておこうとする人や、そういうところにこそ人生の意義を見つけていこうとする人って、やっぱり目に見えないもので有るだけになかなか居ない。
 散歩の途中でふわっと風が吹いてきてその中に春の花の香りが混じっているのを感じた途端にいきなり泣きたくなっちゃった、とか言う感覚は確かに私にもあります。それは、その瞬間にいきなり世界が完結してしまいそうな気のする幸福感であったりするわけですが。じゃあその一瞬に全てを悟ってそのcongenialityの中に頭からずっぷり飛び込むかというと、「ちょっ、ちょっと待ってね。congenialityだけでは腹の足しにならないから、ちょっと考えさせて」みたいなことに当然なるわけです。
 congeniality、自然との交感、共鳴、共感、みたいなものにこそ、まず人生を使いたい、って思った人。それを人生の中の最高の位置に置くほどに自分の感覚を信じられた人という意味で、私にとっては尊敬し、深く学びたい人たちであります。


更新日:2006-05-23


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