「森の生活」はこんな本

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こんなふうに読んできた
出会い


森の生活を手にとったのは私が会社員として暮らしていた時でした。今泉吉晴氏の新訳が出たばかりで、書店に平積みになっていたのです。その時ソローについては全く知らなかったが、あまりにもタイトルが魅力的に思えたので手に取ってみたのです。
ハードカバー、二千九百円。基本的に文庫しか買わない私にしては珍しい買い物でした。

読んでみて「いや、これは面白い」と思いました。今まで読んだことのない種類の文章である、と感じ、真っ透明なサイダーの爽やかさであると思いました。
そうしてソローという名の哲学者の存在なぞ全く知らなかった私は、もしやスゴイ大発見をしたのではないかと思い、その人格教養ともに全幅の信頼を置く貴重な友人にわざわざメールを送り「君は”森の生活”はもう読んだかね」と(やや得意げに)聞いてみました。
「読んでないよ。面白そうだね」という反応が返ってくることを予想してのことだったのですが、返信には意に反して「読んだよ」とありました。そうして、タイトルから自分は自給自足の技術本のようなものを期待して手にとったのだけど、文明批判になじめなくて途中で辞めてしまったのだよ、と告げられました。
 なるほど、と思いました。まずは私が思っているよりソローというのは有名人なのかもしれない。それから、面白くはあるが、一度手にとってそのまま本を置くこと無く最後まで一気読み、という訳には行かなかった理由は実はあの皮肉たっぷりの文明批判だったのだと、その指摘で初めて気付いたのです。確かに非のうちどころのない良書とは言えないかもしれない。
 しかし、そうだとしても、まだ面白い。そう思ってもう一度読む。さらにまた読む。
 結局、会社員であった時期、僅か三年間ではありましたが、その間に一番読み込んだ本になりました。読んでも読んでも退屈な部分は退屈なままで変わりませんでした。でも人生は楽しいことに違いない、という明朗さはますます気に入りました。やりたいことは今すぐはじめよう、というフットワークが気に入りました。人の言うことなど気にしないで、思いついたように暮らしの実験を始めたらよいのだ、という呼びかけをもっともだと思いました。考えてみればそういう意見をこれまで聞いたことがなかったのです。周囲に居る人たちは誰でもが「人生は厳しい」と言ったし、新しいことを始めようとする人に「人生はそんなに甘くない」というのが好きな人たちでした。「一番苦しい道を選べ」と言われたし、「後で楽をする為に今苦労しておくのだ」と言われました。そうしてみんな陽気でも明快でもなく、いつも文句を言って、退屈そうに見えたのです。私も随分退屈でした。そしてソローの呼びかけはとても自分に合っていて、刺激的だと思いました。

 単純な私は「森の生活」を小脇に抱えて、会社を辞め、家を引き払い、新天地を求めて旅に出ました。”実験”です。人生が楽しいものであれば楽しい道を突き進めばいいのだし、楽しくなければ人生なんてもういいや、と思いました。持っているものは自転車に乗る分量の荷物だけ。好きな本も洋服もCDもみんな処分しました。処分するのはちょっと辛いけれど、身軽になると爽快です。ソローのように暮らせる土地を探しに行こう。

 旅の日々は日中は移動することに時間を使い、日が暮れるとテントの中で蝋燭をつけて「森の生活」を読んで過ごしました。ますます面白くなりました。旅の途中でバードウォッチング用の双眼鏡を人から貰い、野鳥図鑑を購入して鳥の名前を調べながら先に進みました。花の図鑑、木の図鑑、とどんどん図鑑は増えます。それまでは本文に直接関係ないと思って読み飛ばしていた鳥の名前、草木の名前を、ソローがどうして執拗な程具体的に書き込んだのか、徐々に分かるようになりました。文章そのものがますます厚みを増して私に迫ってきました。世界は宝箱みたいだ。世界そのものをあるがままの姿で勉強することができるのだ、という感動は、生まれて初めてのことでした。

旅の途中ピーターという名のインテリアメリカ人に出会った時、「森の生活」を知っているか、と聞いてみました。彼はそれを知っていて「今はそれほどメジャーではないけれど、文学を勉強した学生ならみんな知っている」と言いました。彼は大学の授業の中で「森の生活」を読んだことがあったのです。男性の書いたものは何でもこき下ろすカチコチのフェミニスト教授の授業だったんだ、とピーターは笑ってから、「先生はソローは家族から援助を受けており、あの本に書いてあることは本当じゃないと言っていた。でもそうだとしても、僕はそれはあの本で一番重要な部分ではないと思う」と付け足しました。ピーターの言っていることがとってもよく分かって、私は嬉しく思いました。

 そうして三ヶ月の旅のあとで町のど真ん中を渓流が流れる、という珍しい地形の小さく美しい町を見つけて私はそこに移り住みました。そうして今度は暮らし続ける為のお金をソローが書いたように「正直な納得のいく方法で手に入れなければならない」という、私の実験は今ではその段階になりました。うまくいくかもしれないし、うまく行かないかもしれない。うまく行かなかったとしても、そう酷いことになる目算はありません。


更新日:2006-06-13


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