英語で読むウォールデン

ユーモアや躍動感を原書から味わう

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WALDENを読んでみる
ペーパーバックを手に入れた


学校の授業以外では自力で一冊の洋書も読み通したことのない私ですが、この文章を書き始めると同時期にペーパーバックを買ってみました。
翻訳をされた今泉吉晴氏が、学生の頃から新訳が出るたびにウォールデンを買って読んだけれども、ついに読める訳に出会わなかった。ところが原書を手にして読んだところとても楽しい本であることが分かって嬉しく、ついに訳に取り組んだのだ、ということをあとがきで書いていらっしゃいます。

そういうことは十分考えられるだろうなあ、と思っていつも気になっていたのがひとつ。
それからソロー自身が人は言葉の初歩を覚えたらすぐに最高の文学に取り組むべきだ、と書いており、これは常々まったくその通りだ、と思っていたこと。(私は大学も修了した現在でも未だに時々「地下室からワインを持ってきましょうか?」という文章をCDを聞きながらリピートしたりしている情けない状況)。
それから訳本を読んでいると、「ここは原書ではどういう表現になっているのかなあ」という部分が何カ所かあり、ぜひ調べてみたい、と思っていたこと。
さらに、現在持っている「ウオールデン」は大きくて重すぎるのでこれ以上旅に持っていくのはちょっときつい、できれば携帯用の小さい版が欲しいと思っていたこと。
そして決定的には値段が異常に安かったこと。(送料入れても手持ちの版の三分の一の値段だった)
などの理由に背中を押され買ってみました「WALDEN」。

そうは言っても百五十年前の文章だからでしょうか、ソローに少し癖があるからなのでしょうか、センテンスが少し長くなるともう全くどことどこがどうやって繋がっているのかが分からなくなって、五里霧中、という感じになってしまう、というのが正直なところなのですが。それでも時間かけてたどたどしく原文にあたる、というのは非常に”ソロー的な歓び”という感じがします。訳本を参考書として辞書と原書を交互に眺め、ちょっとずつかみ砕いていくと、日本語でさーっと読んでしまった時には見逃していた非常にビビットな感覚がひしひしと打ち寄せてくるので感動しました。ごくごく一部を読んだだけではありますが。

実は面白がって今泉訳の前の真崎義博さんの訳本も借りてきて原書、今泉訳、真崎訳と三冊並べて読んでみる、なんて遊びもしました。今泉吉晴氏の訳がどれほど魂込めた凄いものなのか、というのが伝わってきたのと、あとは外国を翻訳する時にどうしても含まれてきてしまう「解釈」の問題というのが、こういうことかあ、と改めて具体的に分かった気がしたのですね。それからスピード感がぜんぜん違います。いかにも27歳の若者が書いたすがすがしさで、原書で読んだあと日本語訳にもどるとギャップがあって馴染むのに時間が必要なくらいです。

目にとまったセンテンスの中から少しだけ原文の雰囲気をご紹介していきます。


更新日:2006-06-20


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